湘南イラストレーション倶楽部 相浦裕 【ただいま生徒募集中!】

相浦 裕 → 日本人。 長崎県出身。
誕生月日 → 11月23日勤労感謝の日
身長181僉 体重75繊
人間→ O型。温厚。のんびり屋。
好きなもの→ 絵。たまさちゃん。サイクリング。電車に乗ってお酒と美味しい弁当を食べること。ウォールトディズニーの世界。 お好み焼き。寿司。すき焼き。

 たまさ(ちゃん)。
 生年月日: 2010年10月10日。
  Breed: Scottish Fold (三毛猫)。
Eye Color:  Gold。
  性質:  気まま。自分勝手。
  長所:  とてもかわいい。
「夢」
  相浦 裕です。
 
小学生のとき 日曜日夕食のあとのテレビが楽しみだった。
それは おしゃれでその上 ジェントルマンなウォールト・ディズニー司会のテレビ番組「Disney」を見ることだった。
これが一週間の何よりの楽しみだった。

ウォールト・ディズニーはテレビを見る子供と大人を夢と魔法の世界へ誘ってくれた。
 
中学の頃だろうかいつの間にかその番組は終了して見られなくなった。
たぶんアメリカから番組を仕入れて放送していた為、予算的な関係でもあったのだろう。
とても悲しかった。また見たいという気持ちだけがずっと長い間あった。
 
テレビを見ながら
「こんな素晴らしいディズニーの仕事が自分にもできたらいいな〜。」と自然と思った。
いくら自分が思ってもウォールト・ディズニーと相浦裕はかけ離れすぎていて
神様に その思いは通じるわけがなかった。
 
大阪芸大の学生時代に渡米した際、ロサンゼルスにあるディズニーランドへ遊びに行く機会ができた。そこには小学生の頃テレビで見て憧れていたディズニーランドの世界が広がっていた。
生涯ここに来ることはありえない場所だった。もう興奮した。

自分の目の前に夢のディズニーランドがあるという不思議さに本当に信じられない喜びでいっぱいになった。
ワールドバザール・アドベンチャーランド・ウエスタンランド・クリックランド・ファンタジーランド・トゥーンタウン・
トゥモローランドと一日では到底回り切れない広大さにも驚いた。

しかし個人的に何より感動したのは・・ホーンテッドマンション・カリブの海賊・ジャングルクルーズ・ウエスタンリバー鉄道・イッツ・ア・スモールワールドの世界には感動以上の鳥肌連続であり脱帽してお辞儀するくらいの刺激をいただいた。
 
その内容は日本だけで暮らしていた自分の世界観・人生観・世の中の森羅万象・物事全般のベーシックな考え方にまでも大きく覆すほどの威力があった。
あらためてウォールト・ディズニーの偉大さとディズニーランドの偉大さを知り得た。
そして自分の美術的・デザイン的センスを磨かせていただいた。
 
日本にディズニーランドがなかった頃、その偉大なディズニーランドが日本で開園の構想があることを新聞で知った時は驚いた。そして嬉しくてたまらなくなった。
しかもまさか東京で建設が始まるという。その時東京都高輪に住んでいて品川から海の下のトンネルを過ぎるとほど近いのだ。これで日本でもディズニーランドへ行けると思った。
それを知った時からいつディズニーランドが開園するか待ちどうしくて仕方なかった。
 
いつしか社会へ出て 湘南イラストレーション倶楽部を設立して たくさんのイラストレーションの仕事を受注してきた。全国各地の博物館の仕事・テーマパークの仕事・雑誌の仕事・広告の仕事といろんな種類のイラストレーションの制作をしてきた。
 
そんな仕事をしていたある日だった。
東京ディズニーランドのイラストレーション制作依頼がきた。「まっさか〜。まさか。・・・」
ホッペタをつねってみた。強くつねったのでひどく痛かった。
痛みと同時に嬉しすぎて用もないのに片瀬の海岸まで走っていった。
夕日が真っ赤で眩しいくらい綺麗だった。
 
打ち合わせはオリエントランド社内であり何もかもが新鮮で興味津々の社内風景だった。
依頼内容の最初は東京ディズニーランド園内で打ち上げる花火の演出用イラストレーション制作だった。無数のパターンの演出場面を表現してプレゼンテーションに出した。
そして自分がプレゼンテーションした花火が上がるのを見た時は何とも言いようがない不思議な気持ちになった。絵に描いた想像が現実として夜空に上がっているのだ。
次はトゥモローランド・キャプテンEOのサインデザイン制作だった。
この作品は完成後、現場で見たときは自分でも何てかっこいい作品だろうと思った。
 
今まで生きてきて夢のように記憶に残るのは
「トゥーンタウンのマップイラストレーションポスター」の制作だ。
駅貼りのBゼロ版ポスターで世界中の規格ポスターの中では最もデカい印刷物作品だ。
トゥーンタウンがまだ工事着工前でこれから工事作業をスタートする直前の頃だった。
 
だから完成のトゥーンタウン全体像を知らないまま制作しなければならない。
完成後はトゥーンタウン園内に来園するゲストの皆様にわかりやすい情報マップにすることが主眼となる。責任重大と受け止めた。そしてモチベーションも緊張感もかなり上がってきた。
それに単なるマップとは大違いで夢と魔法の王国らしい演出表現も必要だ。
まずはトゥーンタウンのイラストレーションタッチを決めるのに複数のタッチサンプル作品を多数制作しプレゼンテーションした。このタッチサンプル作品は今も大事に保管中だ。
 
その中で最終的に決まったタッチに沿ってトゥーンタウンの園内を描いていく。
アートディレクターから「アメリカよりトゥーンタウンの模型が船便で到着した。」と連絡があった。
秋葉原にあるような電車・汽車のジオラマ風景的模型だろうと想像しながらオリエントランド社へ向かった。
担当者が 「トゥーンタウンのジオラマ風景模型を参考にしてポスター制作するので模型のシークレットルームへご案内します。」と言ってワゴン車へ乗せられてそのハウスへ連れていかれた。
ハウスへ到着して その建物のドアをオープンすると そこには広大なトゥーンタウンの風景模型があった。天井の高い体育館みたいなところに だだっ広い空間にトゥーンタウンのものすごい大きな風景模型があったので 
びっくり仰天、腰を抜かした。

まだ日本中の一般の誰もが見たことがないジオラマ風景を自分だけが見ている。
とにかくその精密な表現には驚いた。遊び心がいっぱいなのだ。「ウワァー。スゴイッ!」
「ウォールト・ディズニーってやっぱりやることがひと味もふた味もスケールが違う。
これは凄いな〜!」と呆然自失となった。
ひとことで言い表すには言い足りないくらいの緻密で繊細でかわいい模型で感動しまくった。この模型を日本中の人々に公開すればこれはまたファンを魅了するだろうと感じた。
夢中でスケッチしたりカメラではあらゆる角度からトゥーンタウンのジオラマ風景模型を撮りまくった。
制作時間は1〜2ヶ月はかかる内容だったが、アートディレクターからは「2週間で仕上げてほしい」というまるで無理な依頼内容だ。
無理な要求に腹立たしくも感じながら期限に間に合わせるため緊張の連続で昼夜、寝ずに無我夢中で制作した。
小学生の頃はじめて見たときのウォールト・ディズニーのテレビ番組を思い出した。
あの時は 「あんな素晴らしいディズニーの仕事が自分もできたらいいな〜。」と思っていた。 
そんな時を思い浮かべながら制作に昼夜頑張った。

 作業を進めながら「いま、あの時の 夢の仕事をしている。」 と思った。
 
作品も完成して全国の主要駅には Bゼロの特大サイズの大判トゥーンタウンポスターがひかり輝いていた。 

もうひとつの作品、国際花と緑の博覧会サントリー館フラワーフォール大壁画の大きな仕事も 
夢にも思っていなかった夢以上の 夢の仕事だった。

 
ただそれ以上の 幼いころからの純粋な夢だったのは 
「ディズニーランド]   の絵を描けたことだ。
自分にとっての 夢が叶えられたのだ。     
                              相浦 裕です。

 
| 相浦 裕 | - | 22:16 | comments(0) | trackbacks(0) |









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